尚も ここに愛は深く U




「・・・ツォン・・・」
 小さなその声に、ツォンは振り返った。
 ここまで駆けて来たのか、エアリスの息は軽く乱れている。
 彼女も自分と同じように、会いたいと想ってくれていたことがひどく嬉しく感じた。
 ツォンは優しく愛しい娘に笑む。
 エアリスは輝くような笑顔を浮かべた。
「ツォン!」
 エアリスはツォンの胸に飛び込む。
 ツォンは彼女を抱き留め、そのまま抱きしめた。
 わかれてからそれほど過ぎたわけではないのに、ずいぶんと長い間会っていなかった気がする。
 何度、彼女をこの腕に抱きたいと思ったことだろう。
「エアリス・・・」
 会いたかった。
 そのツォンのささやきが、エアリスの鼓膜を震わす。
 息が苦しいほど抱きしめられて、けれどそれが心地いいと感じる。
 こうして強い腕に抱きしめられていると、不安の全てが消えていく気がした。
 そして二人は二度キスを交わしてから、互いを離した。
「それで? 何かあったの、ツォン」
 エアリスの問いに、ツォンは少し言いよどんだ。
「・・・先ほどの君の様子が、気になってね・・・」
「さっき?」
 きょとんとした表情のエアリスに、ツォンはためらってから言った。
「何かあったんじゃないか?」
 エアリスは内心ドキリとしながら、ツォンを指さして笑って見せた。
「ツォンが、キーストーンを取った。・・・あれ、返しに来てくれたんだったら嬉しいんだけど?」
「返しに来ると思うか?」
「思わない」
 即座に、エアリスは答える。ツォンは少し苦笑してから、話をそらせようとしているエアリスに気づいた。
「・・・・・・言いたくないのなら、無理強いはしない。だが・・・」
 ツォンの脳裏には、昔のエアリスの姿が浮かんでいた。
 幼い頃に母親を想っていた時、仲がよかった小鳥が死んでしまった時。―彼女の初恋の相手がいなくなってしまった時・・・。
 どんな時も、皆の前ではエアリスは笑っていた。他人の悲しみや苦しみには簡単に気づくのに、彼女は自分の辛さを人に悟られないようにする。エアリスはいつも明るく、そして強かった。
「エアリス、私の前では隠さなくてもいい」
 ツォンの手が、そっとエアリスの頬に触れる。
 エアリスは今は恋人となったタークスの男を見上げた。
 そうだった、と思う。
 幼いころから、エアリスが辛い時にはツォンがそばにいた。
 皆の目から隠れて泣く自分を、彼だけは知っていた。どんなに隠そうとしても、ツォンだけは自分の悲しみに気づいて、泣いている自分を探し出して・・・泣きやむまでそばにいてくれた。
 慰めの言葉をくれたことはなかったけれど。
 そう、くすり、と小さな笑みが漏れる。
 わきあがる想いは、泣きたくなるほど温かなもの。
「・・・・・・。ツォン!」
 エアリスはパッと明るい表情になり、ツォンの手を引っ張った。
「エアリス?」
 戸惑ったようなツォンの手を引きながら、エアリスは顔をツォンに向けた。
「デートしよ? 今日はここ、オールナイトなんだって!」
「デ、デート? エアリス、急に・・・」
 珍しく真剣に困った顔になるツォンに笑って、エアリスはそのままツォンを引きずって行く。
 楽しげなエアリスの様子にツォンは微苦笑とともに息を一つつくと、彼女に追いついた。するりとエアリスのつかむ手から逃れ、かわりに彼女の肩を抱く。
「さて、どこから行きたい?」
「どうしようかなっ」
 エアリスはツォンを仰ぎ、鮮やかな笑顔を浮かべた。








 オールナイトと言うだけあって、辺りは人であふれている。
 普段のゴールドソーサーの顔と違って、今夜はカップルばかりが目立っていた。
「わたしたちも、普通の恋人同士に見えるよね」
 ツォンと腕を組んだまま、くすくすとエアリスは笑う。
 ツォンはすれ違うカップルたちを流し見た。
 ちらちらとこちらを見ているのが分かる。エアリスが美人な事もあるし、自分がスーツ姿というのも目立つ要因らしい、とツォンは思う。カップルの視線はエアリスとともにツォンにも向けられていた。
「ふむ・・・。どうだろうな」
「え〜。どうして」
 不服そうに、エアリスは唇をとがらせる。
 それが子どものようで、ツォンは思わず笑ってしまう。
「悪かった。そうだな、普通の恋人同士だ」
「よろしい」
 エアリスは少し胸をはって言う。
 そして、ツォンを見た。
「ね? 楽しい?」
「ああ」
 ツォンは柔らかく言う。
 ゴールドソーサーのめぼしい場所は全てまわってしまっていた。
 エアリスは終始上機嫌で、それは不自然なほどだったが、ツォンはあえてそれに気づいていないように振る舞っていた。
 エアリスは組んでいる腕にそっと力をこめた。
「エアリス?」
「初めてのデート、だったね」
 エアリスはツォンの肩にもたれた。
「また・・・デートできるかな・・・」
 これからいくらでもできる。
 その言葉をエアリスが待っているのは、ツォンにもよく分かった。
 しかし、なぜ言えるだろう。
 嘘になるかもしれない、その言葉を。
 沈黙がおりる。
 エアリスはツォンの端正な顔を見上げた。
 エアリスのかすかに揺れる瞳に、だがツォンは何も言えず、
「・・・・・・」
 身をかがめるとただ彼女に深くキスした。

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