尚も ここに愛は深く V |
「そこの美形カップルさん」 ツォンとエアリスは、ホテル前に向かうゲートの前でそう呼び止められた。 許可はとってあるのだろうが、普段のゴールドソーサーでは見かけない露店だ。 露台には色とりどりのアクセサリーやリボンが並べられている。この日はカップルが多いことを見越しての出店らしい。 エアリスは露店の男を見、そしてツォンを見た。 「わたしたちのこと?」 「さっき通ったカップルにも、同じ事を言っていたがね」 苦笑に近い笑みでツォンがエアリスにそう応えるのに、男はあせったように言う。 「お二人さんは本当だって。お世辞じゃないよ、マジで」 ほとんど真剣な男の目に、エアリスはくすりと笑う。 「ありがと」 「んで、そんなお二人におすすめがこれ」 すかさず商売に入る所はさすがである。エアリスの前に男は対になっているペンダントを揺らした。エアリスは思わず絶句する。金色のハートの片割れ一対。男はにこにこと続ける。 「この片割れのハート、対のやつをくっつければ一つのハートに。どう? 愛し合うカップルにはピッタリでしょ!? 二人の胸に揺れる半分のハート・・・・・・って、お姉さん、聞いてる?」 エアリスの目はすでにその金のハートを見てはいない。エアリスの目が、ふ、と止まった。 小さなペンダント。透明な石の内にある深い緑がまるで藻のように見える。 この緑は、雨の中の深い森の色のようだった。 「お姉さん、目が高いね〜」 男はエアリスの視線に気づいて、そのペンダントを二つ取り上げた。 「これは夜光石っていうめずらしい石だよ。ほら」 そう言って、男はエアリスにそれを透かして見せた。 「こうすると、藻の揺れる湖の底から水面を見上げてるみたいでしょ。これが夜光石の特徴でね。昔の異国の人はこの石で杯を作って酒を飲んだらしいよ」 「へ〜。おもしろいね」 「でしょ!? どう、今ならそちらのお兄さんのとセットでたったの1800ギルだ!」 「1800〜?」 高い、とエアリスが続ける前に、エアリスの背後から伸びた手がその二つのペンダントを男から取り上げた。エアリスは振り向く。 「ツォン?」 「・・・・・・」 ツォンはそのペンダントの石同士を軽く打ち合わせた。鈍い音が響く。 「ツォン? どうしたの?」 「・・・偽物だ」 「ちょと、お兄さん・・・・・・ウチの商品にケチつける気かよ」 剣呑な目つきになる男に、ツォンは静かに言う。 「本物の夜光石は、打ち合わすと澄んだ美しい音が鳴る」 「・・・・・・。―かぁっ、まいったな、お兄さん。博識だね〜」 だが男は悪びれもせず言う。 「けど、これは特別なペンダントなんだ。なんと、相手に想いを伝えるって代物だ」 いかにもうさんくさい台詞だった。 「しかも、願いをかなえる幸運のペンダントだ!」 「なんだかいいね、そういうの」 とても本当のこととは思えなかったが、ツォンはエアリスの笑顔に悲しげなものを感じて、男を見た。 「―1200だな」 男が不満の声を上げる前に、ギルを握らせる。男は大げさなほど息をついた。 「ったく・・・。かないませんよ。はい、1200で。毎度あり!」 それでもそう、最後はニカッと笑う。 展開についていけないエアリスに、ツォンはペンダントを渡した。 「あ、えっと・・・どして?」 ツォンは戸惑うエアリスの肩を抱くようにして、ゲートの方へ誘う。 「欲しそうにしていたから」 「・・・うん。ありがと、ツォン」 ゲートをくぐりながら、エアリスはペンダントを揺らしてツォンを見た。 「ねえ、これ、光るのかな?」 「光らない」 「偽物だから?」 「いや。本物の夜光石も、発光はしない」 「『夜光石』なのに?」 不満げなエアリスの様子に、ツォンは優しく笑って見せる。 「もともとその石で杯を造り、そこに酒を入れると月明かりに揺れて淡く光って見えるところから『夜光杯』と呼ばれるようになった。―ガラスがなかった時代のことらしいからな」 ツォンの説明にエアリスは石をしげしげと見る。たしかにこれを杯にすれば、緑が切れた透明の所を光が透過してさぞ美しいだろうと感じる。 「その『夜光杯』から、いつの間にかその杯を造った石の方を『夜光石』と呼ぶようになっただけらしい。・・・・・・がっかりさせてしまったかな」 「ううん!」 エアリスは勢いよく否定する。幸運云々は本気にしたわけではないが、それでもそれは何だか素敵なことに思える。そしてこの石は偽物だとしてもエアリスには充分美しいと感じられた。そして。 「ツォンにもらったんだもん。・・・すごく、嬉しい」 エアリスはペンダントを握りしめた。 「嬉しい」 「・・・・・・」 「ツォン?」 リアクションのないツォンを、エアリスは怪訝に見上げようとする。が、それは果たせなかった。息が苦しいほどに、ツォンに強く抱きすくめられて。 ペンダントがするりと落ちる。 「あっ・・・」 エアリスはツォンの腕から逃れるようにして、あわててそれに手を伸ばして受け止めた。 手首に鎖をからめ、石を手に握りしめる。 ほっと息をついた。 「・・・・・・」 ツォンの手が、そのエアリスの拳をとる。 エアリスの胸がドキリとした。 ツォンはそして、ペンダントを握るエアリスの手にそっと接吻した。その目は、じっとエアリスを見つめている。 キスされている手が痺れる。無言でエアリスを見つめるツォンの真っすぐな深い色の瞳に、エアリスの足が、そして胸の奥が震えた。 「ツォ、ン」 それは激しすぎて、まるで苦しいほどの胸の痛み。 「好、き」 「エアリス」 ツォンのその声が誘いのように、エアリスは恋人の胸に飛び込んだ。 ツォンはしっかりと彼女を抱きしめる。 どうして立っている場所も、おそらく見ているものも違う彼女を、これほど愛しいと感じるのか。 自分に近い立場の者も、同じ明日を目指す者も、他にいる。 それなのになぜエアリスだけがこうも愛しいのか、なぜ彼女だけは失いたくないと願ってしまうのか、それはツォン自身にも分からなかった。 |