尚も ここに愛は深く W




 ツォンとエアリスは、ホテルに戻った。
「―楽しかった!」
 言って、ベッドに腰かけるとエアリスはツォンににこりと笑う。
 ツォンは静かに笑んだ。
 そして、ちらりと腕時計に目をやる。エアリスはそれに、首をかしげた。
「もう、行っちゃうの?」
「―いや。・・・そうだな、あと一時間半ほどかな」
「そう・・・」
 エアリスはかすかに顔を伏せた。
 ツォンはエアリスの横に腰かける。
「エアリス?」
「・・・ツォン」
 エアリスはツォンの逞しい胸にそっと抱きついた。
 きゅっと、彼の背中に手をまわす。
「・・・ツォンが欲しい」
 胸が痛いほど、この人が愛しかった。
 服ごしに伝わるぬくもりに、頬に感じる彼の確かさに涙が出そうになる。
 くすり、とツォンが笑った気配がした。
「どうした?」
 けれどそのささやきは、ひどく優しい。
 エアリスはツォンの背にまわしている手に、力をこめた。
「欲しいの」
「・・・・・・」
 ツォンの腕がエアリスを抱きしめる。ツォンに比べて彼女はあまりにも華奢で、すっぽりと彼の胸に入ってしまう。エアリスは瞳を閉じた。
 この人の腕は、なぜこうも心地いいのだろう、と思う。
 どんな不安も恐怖も、全てが消えていくようだった。
「ツォン」
 ツォンはエアリスの身体をゆっくりとベッドに倒す。
 ふいと彼の身体が離れたのを感じて、エアリスは瞳を開けた。
「・・・ツォン・・・」
 よほど不安そうな目をしていたのだろう、ツォンは背広の上着を脱ぎながら、少し笑うとエアリスに軽くキスする。ツォンの上着が、ベッドの端に投げられた。
「ツォン」
「エアリス」
 ツォンは恋人の首筋に顔をうずめる。
 エアリスは投げ出された片腕の下に、何かを感じて目線を動かす。そこに、ツォンの上着があった。
「あ、ツォ・・・ツォン」
 エアリスはツォンをとどめようとする。
「だめ、服・・・」
 服が。
 そう訴えるエアリスに気づいて、ツォンは視線だけをちらりと動かす。だがそれはすぐにそらされた。
 エアリスは焦ったように、身体をひねろうとする。だが、ツォンがそれをさせない。
「・・・だめだって、ば、ちょっと、ねえ、・・・服、ツォンの服」
「・・・・・・」
「・・・しわに、なっちゃ・・・う」
「―かまわん」
 短く言って、ツォンはエアリスの耳たぶを軽くはんだ。
 エアリスが彼の手にそれ以上抗えるわけもなく、やがて甘い吐息と恋人を呼ぶ名だけが空気を震わせた。








 エアリスはうっすらと瞳を開けた。
 身体の芯にはまだ、甘い痺れが残っている。いつもツォンとベッドで過ごした後は、心地よい疲れと甘い余韻が身体を包んでいた。とてもすぐには動けない。
 ツォンはエアリスが自分を見ているのに気づいて、ベッドの側に膝を折った。
 ツォンはすでにきっちりと服を着なおしている。
「わたしはそろそろ行くよ」
「・・・もう、時間、ない?」
「・・・・・・後15分ほどだ」
「まだ・・・あるよ・・・」
 ツォンは愛しげにエアリスを見ると、彼女の額をそっとなぜた。
「・・・そうだな」
「私ね・・・」
 話しているうちに、エアリスの言葉はしっかりしてくる。身体はまだ動かせそうになかったが、頭の奥にかかっていた霧のようなものは、ゆっくりと晴れてきていた。
 エアリスはいたずらっぽい表情を浮かべる。
「子ども、ほしいな」
 さすがのツォンも、一瞬言葉を失った。エアリスはくすくすと笑う。
「私と、ツォンの子ども。男の子でも、女の子でもいいの」
「・・・エアリス」
「それでね、ツォンと子どもと私と、三人で暮らすの」
 ツォンが何か言う前に、エアリスはにこっと笑って続けた。
「もちろん、今は無理なの分かってる。でも・・・全部、終わったら。いいよね?」
「・・・・・・」
 彼女と子どもと、三人で。
 それはツォンにとって、考えつきもしないことだった。それは今の自分にとって、あまりにも幸福で、あまりにも輝きすぎて。
 けれど。
 もしもそれができたなら・・・。
「・・・だめ?」
 エアリスははじめて不安な顔を見せた。
 ツォンはそんなエアリスに、静かに首を振る。
「いや。・・・そうしよう」
 ツォンにはそれが実現できる未来には思えなかった。けれど、それを口にしてエアリスに悲しい顔をさせたくなかった。そして何よりも、ツォンもそれに惹かれずにはいられなかったのだ。たとえ遠い夢だとしても。
 エアリスは首に下げた夜光石のペンダントに触れた。
「それでね、ずっと私たち、一緒に歩いていくの。一緒に苦しんで、一緒に笑って。・・・旅行にも行こうね、ツォン」
「ああ」
「デートもいっぱいしよう」
「子どもづれでか?」
 ツォンは言って、少し笑う。エアリスも笑った。
「そだね。デートは、たまには二人で、ね」
「エアリス・・・」
 ツォンはエアリスの頬に触れる。
 エアリスは泣いていた。
「約束して。私の事、忘れないって・・・!」
 そして、エアリスは激しく首を振った。
「ううん、忘れて・・・! ごめんね、忘れていいから。笑っていてね。生きていてね。幸せになってね。もしも―私が死んでも・・・」
「エアリス!」
 ツォンはエアリスの最後の言葉に、はじかれたように言った。
「馬鹿なことを言うな!」
「・・・もしも、の話」
 エアリスは少し笑って、小さく舌を見せた。
 しかしその瞳に、ツォンは隠せない悲しみを見た。
 ツォンの胸を、今まで感じたことのない種類の恐怖が襲う。彼女を失うことなど、考えたくもなかった。
 けれどツォンはもちろん、その不安を表しはしない。かわりに、優しくエアリスの手を握る。
「―忘れない」
「・・・うん」
 忘れられるはずもない。
 小さなデジタル音が鳴った。
 ツォンは息をついた。
「時間だ。―行かなくては」
「・・・・・・。そだね」
 エアリスは立ち上がりかけたツォンに手を伸ばした。彼の首筋に見える鎖を引っ張る。
「エアリス?」
 ツォンはだがエアリスに逆らわず、彼女に顔を寄せる。エアリスは鎖をたぐり、ツォンのペンダントの夜光石を彼の服の下から引き出した。
 軽く身を起こすと、その石にキスする。
 そして、ツォンを見上げた。
「おまじない。ツォンが無事であるように」
「・・・・・・」
 ツォンはエアリスのペンダントに手を伸ばすと、身をかがめエアリスがやったのと同じように石にキスする。
 さらり、と彼の黒髪がエアリスの前で揺れた。
 ツォンはエアリスに目を上げる。
「おまじないだ。君が、無事であるように・・・」
 二人は見つめあい、どちらからというわけでもなくキスした。
「大好き、ツォン。愛してる・・・」
「愛している、エアリス」
 二人は優しく抱擁を交わしてから、離れた。
 





 
 そして、ツォンとエアリスは古代種の神殿で再会する。


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