Love panic V





 走り去って行ったクリスを、ボルスは茫然と見送った。
 『クリス様の魅力は普通などではありません!!!!!』
 という自分の言葉に。
 美しい瞳に浮かんだ涙。
「……クリス様……。俺の言葉に感動して!?」
「――そんなわけあるか!!!!」
 パーシヴァルの蹴りが、ボルスの背中に入る。
 ボルスはしたたかに額を柱にぶつけると、パーシヴァルを振り返りつつ、ギッと睨んだ。
「な、何をする!!」
「何をする、じゃないだろ馬鹿者! あれのどこが喜んでる反応だ!!」
「……たしかに。あれは、どう見ても傷つかれていたように見えます」
 サロメが、クリスが消えた酒場の扉を見つめたまま言う。
「しかし、なぜでしょうか」
 ロランがそう眉をひそめた。
 ボルスとクリスの会話は全て聞こえていた。
 パーシヴァルは眉を寄せる。
「とにかく、クリス様を追うのが先決でしょう」
 それに否やがあるはずもなく。
 五騎士たちはクリスが去って行った方向へ駆け出した。







「クリス……」
 ナッシュは、クリスの唇に自分のそれをそっと近づけた。
「――お前の魅力は、俺が一番良く分かってる……」
「―――ほう?」
 唇が触れ合う直前、チャキリと首筋に当てられた冷たい感触に、ナッシュの動きがピタリと止まる。
 自分としたことが、据え膳の素晴らしさに目を奪われすぎて、気配に気がつかなかったらしい。
 首筋に当った剣を刺激しないように顔だけを巡らすと、殺気のオーラが目に見えるかと思うほど闇を背負った5騎士の姿があった。
 5人相手はやばすぎる。しかも相手はゼクセン騎士団が誇る誉れ高き六騎士のうちの5人だ。
「お、落ち着け」
「10秒以内に墓標に刻む銘を言え」
 殺(ヤ)る気満々のボルスであった。
 クリスはといえば、ナッシュの胸にぐったりともたれかかっている。
「10、9、8、7」
「待て待て待て! 元はと言えば、お前のせいだろうが!」
 ナッシュはビシとボルスを指差す。
 しかし。
「――4、3、2」
 ボルスの目は完全に据わっている。
 こういう相手には、いかにナッシュの口とて役に立たない。
 ナッシュは、胸の中のクリスをボルスに押し付けた。
「クリス、何とか言ってやってくれ!」
「ク、クリス様!」
 ボルスは、咄嗟に彼女を支える。
 あわてて剣を鞘に戻した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……ん?」
 クリスは頬に当るボルスの胸に気づき、顔を上げた。
「……ボルス……?」
「ク……クリス様……」
 蘇る、ボルスの言葉。
 クリスは、思い切り腕を振り上げた。
「どうせ、どうせ私は全然ダメだ!!」
 しかし、所詮完全な酔っ払い。
 ヘロヘロとした平手が、ボルスの頬を打つ。
 パシリと、音だけが派手にした。
 しかし実際の力はともかく、ボルスへの精神的ダメージはかなりなもので。
「ク、クリス様……」
「…………飲む」
 クリスは、それですっきりしたのか、頼りない足つきではあるものの一人で立った。
「今日は、トコトン飲むぞ」
「――クリス様、今日はご酒はお止めになったほうが」
 サロメが、慌てて彼女を止める。
 しかし、クリスはきかなかった。
「嫌だ。そう決めた」
「………では、参りましょうか」
 パーシヴァルが、さらりと言う。
 レオがその肩を掴んだ。
「お、おい、パーシヴァル!」
「クリス様のお体の毒です」
 ロランも、そうパーシヴァルに言う。
 パーシヴァルは、彼等にいつもの笑みを浮かべた。
「――大丈夫ですよ。わたしに、少々考えがありますので」
 お任せ頂けませんか。
 そう、パーシヴァルは続ける。
 そして、同僚の返事を聞かずにクリスに向き直った。
「酒場ではゆっくり飲むこともできないでしょう。朝までとおっしゃるなら、お部屋でいかがですか? お付き合いしますよ」
「よし、着いて来い」
 男らしい返事をして、クリスは頼りない足取りながらも自分の部屋に向かって行く。
 クリスの私室でと聞いて、レオが顔を赤くした。
「だ、だめだパーシヴァル! それは許さんぞ!!」
「――俺も、行きます!」
 ボルスが、怒鳴るような勢いでクリスの背中に叫ぶ。
 クリスはちらりとボルスを振り返り。
「……分かった。付き合え」
 それだけ言ってまた歩き出す。
 サロメたちに、ボルスは平手の跡が残る顔で言った。
「クリス様のお怒りの理由を、知りたいですから」
 そのボルスの言葉はたしかに頷けることで。
 それに、パーシヴァルと二人きりでないなら、まず大丈夫だろうと。
 何が大丈夫かは言わない方がお互いのためなので、誰も言葉には出さなかったが。
 サロメとレオとロランは、渋々頷いた。
「では」
 とパーシヴァルとボルスがクリスを追っていくのを見送ってから。
 3人はナッシュを見た。
「……さて、我々は我々で親交を深めましょうか?」
「えーと。俺は、今夜はちょっとカミさんと約束が……」
「まあまあ、ナッシュ殿。遠慮なさらず」
 レオはナッシュの肩をがっしり掴んだ。
(やっぱり、俺は運が悪いんだ……)
 3騎士に引きずって行かれならが、そう思わずにはいられないナッシュだった。










 クリスの私室では、ボルスとクリスが向かい合って座っていた。
 パーシヴァルは、酒を用意してくると言って出て行ったのだ。
 ボルスはテーブルに突っ伏しているクリスを、チラチラと見ていた。







 クリスは、ボルスに顔を上げた。(NEXT ボルス編)


 扉がノックされた。(NEXT パーシヴァル編)