不望永遠
 景王と延王が互いを恋人として、二年が過ぎようとしていた。
 最初は周りの者たちが大いにあわてたが、今はもう慣れたのかあきらめたのか、二人の間をとかく言うものはいない。
 ただ、景麒だけは時おり思い出したように眉をひそめるが。
 けれど結局はこうして半月に一、二度は陽子に完全な空きの時間を作ってくれるのだから、大反対した手前照れているだけだろうとは祥瓊の言。
 陽子は早足で、路地を抜けた。
 すり切れた外套に身を包み、その頭巾部分を口元まで深く被っている。髪も見えない。
 一見怪しい格好であるが、この通りでは別段目立つことはなかった。
 時々美しく着飾った女たちに腕をつかまれながらも、陽子は真っすぐに約束の場所へと急ぐ。
 きらやかな建物の一つに入り、顔見知りの女将にあいさつする。
 案内の手を柔らかく断り、陽子は2階に上がると室へ入った。
「遅れてすみません」
 扉を閉め、外套を脱ぎつつ言う。
 ばさり、と鮮やかな紅い髪がひろがる。
 延王はかまわない、と言うように椅子に腰をおろしたまま軽く手を振った。
「互いに忙しい身の上だからな」
 にやにや、と延は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ところで、今日は何回店に引きずり入れられそうになった?」
「尚隆!」
 陽子は顔をしかめた。
 ここは俗に言う妓楼街だ。
 最近慶で会う時は―というか王の外出のしやすさからか、雁より慶で会う方がずっと多い―、たいていこの室を借りていた。
「できれば、違う所で会いたいものですが・・・。出ていく度に景麒に嫌な顔をされる」
「それは陽子が悪い」
 笑って言う延を、景は軽く睨んだ。
 けれど言い返せない。
 拓峰の乱以降も、度々大きな問題が慶では起こった。安定していないからだ、とは陽子の言だが、王が変わって五年や六年で国全てが平らかになるわけではない。
 そしてその問題を収めて来たのは、景王赤子。
 曰く、風にたなびきし紅の髪、凛々しくも麗しい顔(かんばせ)、麒麟に乗し剣をふるうこと雷鳴のごとく。その強く美しきこと炎のごとくなり。
 今では物語だの姿絵だのと、国中に景女王のものがあふれている。多少の―陽子に言わせれば多大な―脚色がされてはいるが、街を昔のように男装して歩くのは目立ちすぎた。
 結果こんな怪しい身なりになる。そのような格好で目立たず行ける所となれば限りがあった。
「派手だからな、お前は」
「別に・・・そんなつもりはありません。第一、わたしは一度だって景麒に乗ったまま剣を振るったことなんてないし」
「麒麟に乗って派手にやったのは本当だろう」
 派手に、と言う所で眉をひそめながら陽子は呟くように言う。
「二度だけです」
「充分だ」
 は、と延は快活に笑った。
「民といのは派手好みだからな。・・・俺も一度やってみたいものだ」
 陽子は、む、と押し黙った。
 あまりにこの人らしい気もするが、自分とて好きでやったわけではない。
 尚隆はふっと笑むと、陽子に手を伸ばした。
「怒るな」
「知りません」
 陽子はぴしゃりと尚隆の手を払いのける。
 だがその目は笑っている。
 尚隆は払いのけられた手を大げさに痛がりながら笑った。
「ま、王が人気のあるのは良いことだ」
「現物と差がありすぎますがね」
 陽子はそう、苦笑とともに軽く息をつく。
 ・・・・・・美しきこと炎のごとく、か。
「持ち上げるにもほどがある」
「そうか? 俺は現物のほうが美しいと思うぞ」
「・・・・・・だから。どーして貴方はそういうことを真顔で言うんですか」
「心底からの言葉だからな」
「・・・・・・」
 陽子が尚隆にかなうはずもない。
 嘆息する恋人に、尚隆は再び手を伸ばした。
「俺はつく気がない時は嘘をつかん」
 当たり前である。しかし、絶対に嘘をつかないと言わないところが、この王らしくて陽子は笑ってしまった。
 尚隆は笑みを返して、恋人を引き寄せる。
「俺はお前に心底惚れている」
 にやりと笑って、尚隆は続ける。
「これも、嘘ではないぞ」
「今、嘘をつく気でないならでしょう?」
 尚隆と額と額をつけ、陽子はくすくすと笑う。
 陽子の笑いは、接吻で遮られた。




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