Symphonies and Conductors (No.2)




Otto Klemperer

指揮者クレンペラーの名を聞いて、古い指揮者と思う人が多いのではないだろうか。実際には、1970年頃まで活躍していた指揮者である。1885年生まれの長寿を全うした人なので、その演奏歴は大変長く、戦前の日本でもすでにその名は知られていた。戦前の評価は、「ノイエ・ザッハリッヒ(新即物性)に根ざした人で、主観的且つ感傷的傾向を離れ客観的な現実性をその芸術的態度としている」といったものであった。生粋のドイツの指揮者であるから、Beethoven、Brahmsといった作品を得意にしていたことは当然だが、クレンペラーは、当時の現代音楽であったStravinskyなどを積極的に取り上げることでも有名だった。そういった特質にもかかわらず、フルトヴェングラー、エーリッヒ・クライバー、ワルターといった大家に比べて、やや地味な印象でしか扱われてこなかったことも事実である。
日本では、1960年代以降、クレンペラーが70歳台半ばを過ぎてからようやく大家として評価されるようになり、昨今では押しも押されもしない大家中の大家として残された多くの録音が高い評価を得ている。悠然たる演奏態度がいかにも巨匠らしく、小粒な音楽家が多くなった現代では見られない、まさに大人の演奏家といってよい。クレンペラーの指揮者としての考え方は、「指揮者の本懐」という本に著されている。

「クレンペラーという人が最上の出来を示したのは、きまって躁鬱病の鬱の時で、周囲の意見を聞き、議論にも積極的で、納得がいけば協力を惜しまなかった。逆に躁の時は頑固で、いい加減で、自己批判の精神を全く書いて自分のしたことに全て満足し、陶酔してしまった。」とEMIのプロデューサだったウォルター・レッグが回想録で書いているが、分裂気質と評され、いろいろなエピソードを残している指揮者でもある。

Klemperer-1.jpg Klemperer-2.jpg まずは、Beethoven、Brahms。これらは、ウォルター・レッグが録音専門オーケストラとして創設したフィルハーモニア管弦楽団を指揮したもの。

左:Beethoven No.9<合唱>
右:Brahms No.4

写真の<合唱>は正式なスタジオ録音盤だが、スタジオ録音に先立って録音専門の楽団だったフィルハーモニア管弦楽団が珍しくロンドン・ロイヤル・フェスティバル・ホールでライブで演奏会を行ったものが1999年に発売されて話題になった。1957年11月15日の録音。合唱団は、スタジオ録音及びこの演奏会のために新たにオーディションによってアマチュアから募集したらしい。女性パートは40歳以下、テナー・パートは45歳以下、バス・パートは50歳以下が条件とのこと。こういう条件を付けるのは現代では年齢差別とかなんとかで問題かもしれない。プロデューサのウォルター・レッグは、このアマチュア合唱団の指導者を探すに当たって、当時ヨーロッパ随一の合唱指導者といわれバイロイト音楽祭の合唱監督であったWilhelm Pitzを説得した。そのPitz指導のもと、このアマチュア合唱団は立派な(プロの)合唱団 Philharmonia Chorus に成長したというわけである。


Klemperer-3.jpg Klemperer-4.jpg ドイツロマン派からもう少し。MendelssohnとSchubertを取り上げよう。

左:Mendelssohn No.3<Scotch>他
右:Schubert No.7(No.9)<The Great>

Mendelssohnは、作曲家としてはもちろん有名な人だが、指揮者としても優れた才能を持った人であった。また、若干12歳の時に大作家ゲーテの前でBeethovenの第5シンフォニーをピアノで弾いて聞かせたという経歴もある。ゲーテは、これが第5を聴いた最初であったとか。クレンペラーは、他にもMendelssohnに名演を残していて、例えば「真夏の夜の夢」などは、常にトップに上げられる名演である。このシンフォニーの演奏もいくらか遅めのテンポから情感が湧き出るような幻想的な演奏である。一方のSchubertもロマンチックな演奏であり、Schubertの美しいメロディーが重厚な雰囲気とともに滔々と流れる抒情味溢れる演奏といえる。こういう雰囲気の演奏は最近少なくなった。


Klemperer-5.jpg Klemperer-6.jpg さて、マーラーの交響曲といえば、1970年代以降頻繁に取り上げられるようになって、いまではコンサートのメインイベントのようになっているが、そのマーラーの直弟子の一人がクレンペラーである。クレンペラーのマーラー演奏はいずれも第一級のマーラー演奏として有名なものなので補足すべきことはなにもない。

左:Mahler No.2<復活>
右:Mahler No.4




Klemperer-7.jpg Klemperer-8.jpg クレンペラーのマーラー演奏の中でもひときわ素晴らしいのが「大地の歌」である。希代のメゾソプラノ、クリスタ・ルートヴィヒの名唱を聴くだけでも価値あり。
左:Mahler/Das Lied von der Erde<大地の歌>
右:Stravinsky/Symphony in 3 Movements
最初に書いたように、クレンペラーはストラビンスキーのような現代物も多く取り上げている。写真右はその一枚だが、さすがに少し古い。わざわざクレンペラーで聴く必要はなさそう。


Bruno Walter

ブルーノ・ワルターは、クレンペラーよりもさらに年長で、戦前はウィーンで活躍し、ベルリンのフルトヴェングラーと人気を二分した人であった。ナチスに抵抗して米国に移住し、その後は終生米国で音楽活動を続けたわけだが、それが我々にとって幸いだったと言うべきか、米国Columbiaレコードに数多くの録音を残してくれた。しかもステレオ録音時代まで長生きしてくれたおかげで、今日、素晴らしい音でワルターの音楽を楽しむことが出来ることに感謝しなければならない。

Walter-1.jpg Walter-2.jpg この2枚は、コロンビア交響楽団とのステレオ録音盤。
左:Haydon No.88,No.100<軍隊>
右:Beethoven No.6<田園>
いずれも、ワルターの名演として、名高い演奏です。ワルターは、コロンビア交響楽団と、数多くの作品をステレオ録音で残しているが、その録音作業は、日本人としてワルターの録音に立ち会った貴重な体験をお持ちの若林駿介氏によると、だいたい朝10時から一セッション(大体3時間)でその日の作業を終え、途中に一日二日と間があいて結局一つのシンフォニーを一週間位かけて録音するといったペースであったようだ。そういった録音状態でも通して聴くと一貫したものがあり、完全な音楽が再現されるのがワルターの音楽性ということだろう。Beethoven、Brahmsの交響曲は全集を残し、Mozartも後期の代表的作品のも残されている。ただ、人によってはこれらの晩年の穏やかな演奏よりも、1940年代から50年代初頭のニューヨーク・フィルハーモニックとの録音を評価する方もおられる。いずれも人類の財産といえる。


Walter-3.jpg Walter-4.jpg ワルターは、マーラーの直弟子として有名であり、それもあってワルターのマーラー演奏は唯一無二の物として高く評価されている。
左:Mahler No.1<巨人>
右:Mahler No.2<復活>
この2枚は、<巨人>がコロンビア交響楽団、<復活>がニューヨーク・フィルハーモニックとのもの。いずれもステレオ録音。マーラーのシンフォニーは、複雑なテクスチャを持っているので、鮮明な録音が望ましいのだが、ワルター世代の巨匠がいずれもモノラル録音でしかその演奏を残せなかったのに比べて、ワルターのこの演奏は最新録音と同等のクオリティを持って録音されており、貴重な証言でもある。


Walter-5.jpg Walter-6.jpg ワルターはウィーンで活躍していたこともあり、当然のことながらウィーン・フィルとは深い関係にあった。左は、ウィーン時代に録音したMahler No.9で、当時決定版として評価されていたもの。右は、戦後になって録音した<大地の歌>。Kathleen Ferrier, Julius Patzakの名唱とともに良く知られているもの。


Evgeny Mravinsky

ムラヴィンスキーの演奏は、正直にいうと私はそれほど多くは聴いていない。特に大きな理由が有るわけではないのだが、どこか取っつきにくい印象があるのと、実際に音楽を聴いても楽しいという感じがないせいかも知れない。むしろ、厳しい表情がムラヴィンスキーの音楽の特徴と言っても良い。こういった音楽は、精神的に元気な状態でないと最後までなかなか聴き通せない。それでも、昨年(2000年)に発売された1973年の来日公演の実況録音などを聴くと、その造形力には圧倒されるものがあり、これから少しずつ聴いていこうかなどと考えている。

Mravinsky-1.jpg Mravinsky-2.jpg Mravinsky-3.jpg Mravinsky-4.jpg

上記写真は、ムラヴィンスキーの代表作と誰しも認めるチャイコフスキーの交響曲。
いずれも、Leningrad Philharmonic Orchestraで、左から、
Tchaikovsky No.4(Stereo盤)
Tchaikovsky No.5(Stereo盤)
Tchaikovsky No.6(Stereo盤)
Tchaikovsky No.6(Monaural盤)

これらはドイツグラモフォンで録音されたものだが、戦後のドイツグラモフォンの初代レコーディング・エンジニアであったハインリヒ・カイルホルツは、ルームアコースティックの専門家でもあり、コンサート・リアリズムの信奉者で、ホール・トーンの豊かな音を捉えたドイツグラモフォンの音は、彼によってその礎が築かれたとされている。ベルリンフィルの録音会場として1970年代半ばまで使われていたベルリン近郊のイエス・キリスト教会もカイルホルツが見つけたもので、最近になって再び録音会場として使用されるようになったとのこと。右端のモノーラル録音の「悲愴」は、カイルホルツがエンジニアを担当したもの。ここでは、6番のみ上げたが、stereo盤と同様、4番から6番まで録音されている。