仮参内にて.......
桜も満開に咲き誇る卯月(4月)の頃、大納言とアンヘル族の北の方との間の娘、シルフィスの仮参内の日になった。
決定したのは弥生の末であったが、支度と陰陽で占った結果卯月になってからということになったのだ。
シルフィスを乗せた網代車(牛車)は大内裏に入りいよいよ内裏(後宮)の中へ入ろうとしていた。初めて見る宮中にシルフィスは目を丸くしていた。
(すごい・・・・・・・・・・大内裏だけでアンヘル村よりも広いな・・・・・・・)
たくさんの豪華な建物が並び、行き交う殿上人(身分の高い貴族のこと)たち。
父の話や書物等である程度の知識はあったものの、目にするのは初めてなので興奮せずにはいられなかった。
内裏の中に入り、シルフィスは淑景舎(しげいさ、またの名を桐壺)に一室を与えられた。二の宮様は隣の昭陽舎(またの名を梨壷)におられるらしい。御学友候補はみないったんこの桐壺に住まわされ、順に二の宮様にお会いするという形をとっているようだった。
シルフィスは参内が遅かったためか、おめもじは5日後となっていたので少なくともそれまではこの後宮で時間を過ごさなければならなかった。
「・・・・・・なんだか人の声が聞こえますね」
「はい・・・隣りの局に参議様の姫様がおいでになるようでございます。」
シルフィスの女房(侍女)がすかさず答える。
その直後、
「ああーーーーもううっとうしいったら、もうちょっとなんとかなんないのかなぁーーーーきゃあ!!」
という声がしたと思うと隣りの局から少女が一人転がり込んできた。
身なりからして参議様の姫君に間違いないであろう。
「あいたたた・・・・・」
「大丈夫ですか?」シルフィスが問い掛ける。
「う、うんなんとか・・・・・あんた誰?」
声の主は茶色の髪に薄茶色の瞳をしたとても愛くるしい感じの少女だった。それを聞いたシルフィスの女房は非難めいた表情で言った。
「こちらは大納言様の姫君、シルフィスさまでいらっしゃいます」
少女はシルフィスをまじまじを見つめて、
「へーーーーーーすっごい美人だねーーーーー。あたしは参議の娘メイよ。よろしくね。」そういってにっこり笑う少女はとても愛らしい。
それに彼女に隔てない物言いをされても不思議と気にならないのは彼女の持つ愛らしさと屈託のない性格なのだろう。
しかし女房達はどうも彼女の言動が気に障るようなのでひとまず退がらせる。
「こちらこそ。ところでどうなさったのですか?」
「うんとねーーー、宮中に参内するからって慣れない正装なんか着せられちゃってちょっとつまづいちゃったのよねーーー。
あ、ここにいるってことはシルフィスも二の宮様のお相手候補なの?」
「ええ」
「そっか、でもそんなに美人なんだから女御(にょうご。天皇、東宮の側室のこと)にでもなった方がいいんじゃないの?」
「そうでしょうか」
シルフィスは自分の容姿にはさほど関心はない。女房達が口を揃えて美人だと言ってくれても、自分ではよくわからない。母も同じような容貌だし、アンヘル村の人以外はほとんど見たことがないので当然ではあるが。
「あなたこそ、とても可愛いですよ、メイ姫」
「ええーーーーーそんな堅苦しくしないでさぁ、メイでいいよ」
「メイ様ーーーーーーーー」
おそらく彼女の女房だろう。メイを探しているようだ。
「あちゃーー、そろそろ行かなくちゃ。じゃあね、シルフィス。
今度また文でも書くわ。歌はあんま得意じゃないけど。」
「ええ、お待ちしています、メイ。」
ぱたぱたと出て行くメイをシルフィスは微笑ましく見ていた。
(ずいぶん元気でかわいらしい人ですね。)
おそらく自分と年もそう変わらないだろうし、友達ができたことでシルフィスも嬉しくなった。
メイが出て行って静寂に包まれたが、やはり時間をもてあましてしまう。
(そうだ・・・・・どうせ時間があるのならこの後宮内の地理を把握しておこう。二の宮様の護衛をするなら必要なことだし・・・・・・)
とはいっても仮参内の身。目立った行動は慎んだ方がよい。
ここは新米の女房として通したほうがよいだろう。
本来なら貴族の姫は十二単が正装であるが、シルフィスは薄緑と白の小桂(女房装束)を着て、髪をひとつに束ねた。
自分の女房達に「少し後宮を見てまいります。私の身分は内密にしてください」
呆気にとられる女房達ににっこり微笑んで
「頼みましたよ」
桐壺を出てざっと一回りした。
温明殿(うんめいでん)、内侍の女官の住まうところ、紫辰殿(ししんでん)、女御様のお住まいのひとつ、清涼殿(せいりょうでん)、主上のお住まい、今は病の主上に代わり東宮様がお住まいになっている、弘微殿(こきでん)、登花殿(とうかでん)まできたところでシルフィスは立ち止まった。
もう日もほとんど沈んだ時刻なのに、渡殿(廊下)で一人の姫が庭をじっと見つめていた。身なりからしてやはりどこかの姫君でいらっしゃるのは間違いないが、なんだか顔色がよくない。まるで何かを探しているみたいだ。
シルフィスはそっと声をかけた。
「どうなされましたか?」
するとその姫は振り返り、涙ぐんだ目でシルフィスをじっと見つめた。
「わたくしの大切にしていました薄衣がどこかへ飛んでいってしまいましたの。おそらくここの庭だと思うのですけれど」
本当は探しにいきたいのだけれど、夜の闇は怖いという様子だ。
小柄で緋色の髪、紫紺の瞳を持つとてもかわいらしい姫君で見ているとシルフィスはこの姫君がとてもかわいそうになってきた。
「では、私が探して参りましょう。しばしここでお待ち頂けますか?それともどなたかにお願い致しましょうか?」
すると姫君はぶるぶると首を振って
「いいえ、ここで・・・・待っていますわ。お願いしてもよろしいですかしら?」
「ええ、構いませんよ。ただし・・・・・・少し見苦しいところをお見せしてしまうかもしれませんが、私のことは内密にして頂けますか?」
姫君はこくりと頷いたのを確認して、シルフィスは女房装束を解く。たちまち袴姿の白拍子(男装の踊り子)のような出で立ちに早変わりして、さらに髪を頭の上に束ねて髪止めで止める。
「ではしばしお待ちください」
姫君は呆然とこっちを見ている。それはそうだろう。
女房だと思っていたものがいきなり白拍子もどきな格好で庭に出て行くのだから。
確か薄紫色の薄衣だとおっしゃっていたな・・・・・・・
シルフィスは庭をくまなく探していた。十二単ははっきり言って動きにくいのだ。今の衣装は彼女の本領発揮するために母が用意してくれたものだった。もっとも人目につかないときしかこの格好はできないのであるが・・・・・・・・・・・・・
そして門の近くの一本の木に引っかかっている薄衣を見つけた。
(よかった・・・・これであの姫君も安心されるだろう)
それを手にとり引き返そうとしたその時。
「誰だ?」
低い男の声と灯りがシルフィスに照らされる。
(まずい・・・・・・!!!)
とっさにシルフィスは引き返そうとしたが、相手の男の動きの方がすばやかった。
男はシルフィスの腕をつかみ、自分の方を向かせる。
「・・・・・・・・」
男は長身で力強く隙がない。黒髪で瞳は青く、シルフィスを見ていた。
シルフィスは焦った。このままでは私のこともあの姫君のこともばれてしまう。あの姫君の様子からしておそらく人に知られたくないのだろうとシルフィスは思っていた。
シルフィスは薄衣を少しだけ男に見せ俯いて、
「主の・・・・・・・なくしものを探しておりました。これ以上は・・・・お許しくださいませ」
そういうと身を翻して走り出した。
幸い男は追ってくる様子はないようだ。しかし私が遅れをとるなんて・・・・・・おそらく殿上人だろうけどあれほどの方が宮中にいるなんて・・・・・・
顔を見られたのはまずかったが、あの暗さで灯りは顔しか照らしてはいなかった。おそらく私の格好まではばれていないだろう。言い訳もしてきたし、どこかの女房としか思っていないはずだ。
(急いで姫君のところへ戻ろう)
あれから五日たった今日、二の宮様におめもじする日がやってきた。
あの後、姫君に薄衣をお渡ししそのまま別れた。送っていこうとも思ったが、こちらの素性も明かさなければならなくなるのでやむを得なかった。
(事件等の噂は聞いてないし・・・・おそらく無事に戻られたのだろう)
メイはいつのまにか桐壷からいなくなっていた。退出したのか局を移動したのかはわからなかった。
「シルフィスさま、お時間でございます」
「参ります」
私は梨壷へ向かった。
「お初にお目にかかります。私大納言が娘、シルフィスと申します。二の宮様にはご機嫌麗しくまことに喜ばしいことと存じます」
一通りの挨拶を述べ、深く頭を下げる。御簾の中でなにやら動く気配がしたかと思うと、二の宮様の女房達が退がっていく。
どうやら人払いをなされたらしい。
やはり御学友をお選びになるなら直接お話されたいのだろうか、と思っていると御簾の内でかすかに笑い声が聞こえた。
「?」
「初めて、ではありませんわ。シルフィス」
ふふふ、とお笑いになられる。え、この声って・・・・まさか・・・・
「まさか・・・・・あのときの姫君でいらっしゃいますか?」
思わず顔を上げ自分でも声が上ずるのがわかった。
「そうですわ。本当にありがとうですわ。あのときあなたがいなければわたくし大切なものを失うところでしたのよ。」
シルフィスはもう一度深深と頭を下げて詫びた。
「二の宮様だとはつゆしらず、御見苦しいところをお見せ致しました。ご無礼どうかお許しくださいませ。」
すると二の宮様は御簾から出てこられ、
「お顔を上げてくださいな。わたくしあなたにとても感謝しておりますのよ。」
シルフィスが顔を上げると、二の宮様はにっこりと微笑まれ
「わたくしのお友達になってくださる?」
「二の宮様が望まれるなら、喜んで・・・・・・」
それから二日後。二の宮様の御学友が決定した。
大納言が娘シルフィス、参議が娘メイの二人。
シルフィスは尚侍(ないしのかみ)、メイは典侍(ないしのすけ)の位が授けられた。もっとも実際に内侍の仕事をするのではなく、二の宮の御学友として宮中に出仕するにふさわしい身分を与えたに過ぎないのだが。
感謝の言葉すーりんさんの力作です〜〜!管理人が『平安時代が好き』と言ったら、この連作を贈ってくださいました。もう感謝感激です。用語集まで作って頂いて、至れり尽せり………。サイト持っていて良かった……としみじみ感動しました。
レオニスとの今後がとっても気になります。尚侍の役職は、実は通称『天皇の妾』……つまり側室候補でもあります(爆)。シルフィス、入内の危機(?)か!?なんて一人で盛り上がっていました。でもコンセプトはレオシルです(強調)。レオニスがかっこいい登場をしてくれたことが嬉しくてさらに盛り上がっていた私(爆)。私も頑張って参加しようと思っています。ありがとうございました。