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金色の華
〜平安京浪漫譚 其之二〜
(Written by すーりん さま)

 
ここは内裏の桐壷の一角。シルフィスはこの春から尚侍の位を頂き、二の宮のお世話
をするべくこの内裏に出仕をしている。
「後宮でのお勤めはどうだ?何か困ったことはないか?」
今日は彼女の父、大納言がご機嫌伺いにこの桐壷を訪れていた。
大納言にしてみれば、よもや自分の娘が二の宮様の御学友に選ばれるとは思ってもいなかった。都の生活もそれほど長くないのに、まして後宮となると環境も変わり気苦労もあるかもしれぬと、北の方のためにもこうして時折娘の様子を見にやってくるのであった。
「ええ、皆様によくして頂いております。私のことは心配なさらないでください。父上」
普通後宮といえば、女の園であり主上の寵を争うという世界なのだが、主上は病がちで現在奥の院で静養なさっておられ極めて重要な行事以外はめったにおいでにならないし、東宮様は、御自身の意向であられるそうだが、まだ女御の御一人もお迎えになられていない。そのせいなのか、女人の権力争いや派閥のようなものも特になくシルフィスは普通に過ごすことができた。
「二の宮様はとてもかわいらしい方ですし、典侍もとても楽しい方なんです。」
大納言は、くくっと笑いを噬み殺して、
「参議殿の娘だな。参議殿は典侍出仕が決まったとき、とても慌てておられた。”よりによってなぜうちの娘が・・・礼儀作法や教養も全然なのに・・・・”と言いながら出仕の支度や習い事の手続きなどで大変だったようだ。」
メイらしいな、参議殿の様子が目に浮かぶようでシルフィスもふふっと笑った。
さわさわと衣擦れの音がしたかと思うと、女房がやってきた。
「申し上げます。二の宮様よりの御言付けで、梨壷の方へ参る様にとの仰せでございます」
「わかりました。半刻(30分)ほどで参りますと御伝えくださいませ」
女房が下がった後、
「行ってさしあげるとよい」
「よろしいのですか?」
「まあ、そなたがつらい思いなどしていないならよいのだ。北の方も心配していたので後で文でも書いて差し上げるといい。ではそろそろ失礼する」
「御心遣いありがとうございます。道中お気をつけて」
大納言はすっと立ち上がると、部屋を出ていった。
 
 

「シルフィス、よく来て下さいましたわ。」
「やっほー、シルフィス」
梨壷に行くと、メイは既に来ていて姫と二人でお茶を飲んでいた。
「遅くなって申し訳ありません、姫」
シルフィスはディアーナに勧められたところへ座る。
「いいえ、いいんですのよ」
「そうよーー、シルフィスの父上が来てたんだって??」
どうして知っているのだろう、とシルフィスは思ったがおそらく先ほどの女房にでも聞いたのだろう。
「せっかくお父様とお話していたのにごめんなさいですわ。」
ディアーナに謝られてはシルフィスは困ってしまう。
「いえ、父ももう退出するところでしたのでお気になさらないでください」
こうして3人で話をしたりする時間がシルフィスはとても楽しみになっていた。自分と同年代の友人などアンヘルの村に数人だけだし、貴族の姫となると屋敷に閉じこもったままの生活なので、こういう環境というのはめったにないことなのだ。
「でもシルフィスの父上っていいよなぁーーーーー。やさしいし、仕事できるし。うちのとーさんなんかうるさくってさぁーーーー」
メイはお菓子をつまんで話し出す。
「出仕までの間も大変だったんだよぉーーーー。お前は礼儀作法も教養も全然だめだから付け焼刃でもなんとかしなくては、なんて言ってさ。なんか山ほどの習い事を押し付けられちゃって、大内裏にあるからここにきてからも通わなくちゃなんないし。ディアーナ達と会う時間以外はぜーーーーんぶ習い事よ。」
(時々さぼるけど)と心の中でメイはつぶやいた。
「ええ、ええ、わかりますわ。わたくしだって御兄様がわたしくに講師をたくさん御付けになられて、もうこうして3人で会うときが一番ほっとしますわーーーー。」
先ほどの父上の話を思い出し、シルフィスはくすりと笑って、
「でも参議様も東宮様もお二人が大切なんですよ。ですからいろいろと心配なさっているのでしょう。私にはとても微笑ましく思えますけど。」
すると二人はちょっと照れて
「まあ、ねーーーーー。」
「それは、そうなんですけど」
こうして3人のお茶の時間はまたたくまに過ぎていくのであった。
 
 

日もとっくに落ちた戌の刻(午後10時頃)。シルフィスは例の装束を纏い練習用の刀を持ち、桐壷を出た。内裏の中で人が極力来ない、稽古にぴったりの場所があるのだ。宿直(とのい。まさに宿直のこと)の殿上人にさえ気を付ければ全然問題のないところだ。現に今まで誰にも見つかったことはない。
後宮に来たことは決して後悔はしていない。だが、この暮しを続けていれば確実に腕は落ちる。父上の屋敷にいた頃は、空いている部屋や中庭を使えばよかったし、母も居たので稽古の相手もしてもらえた。
だがここではそうはいかない。だいたい女人が刀を扱うこと自体が非常識とされる都の中心である内裏で、練習場所などあるはずもないのである。

シルフィスは姿勢を正し、刀を構える。一通りの素振りを繰り返す。
また宿直の殿上人に注意も払いながらシルフィスは稽古を続けていた。
なぜここまでして稽古をするのか、シルフィスには理由があった。
先日3人で話をしていたときだが、なんと姫とメイ二人でこっそり内裏を出ていったというではないか!なんと危険な!と聞いたときはあまりのことに二の句を告げることができなかった。本来なら御止めするのが筋なのだろうが、姫のあまりに嬉しそうな顔、顔をほころばせ外での様子を楽しそうにお話されるのを見てると注意することなどできなかった。やんごとない身分の方は外出もままならず、まして姫は通常ならこの後宮から一歩足りとも出られない。だからたまには外に出てみたいという気持ちも解るのである。
だからせめて、外出されるときは御一緒してその御身をお守りしようと、心に決めたのだ。そのためには腕を磨いておかなくてはならない。まさか出仕を決めたとき母上に言われたことが現実になるとは・・・・・・
(うーーーん、やっぱり一人じゃ難しい・・・・・誰か相手が欲しいところだけど・・・・・)
そんなことを頼める人はここにはいない。やはりたまには退出をお願いして母に相手をしてもらおうかと思っていたその時、
「何をしている」
シルフィスはびくっとして振りかえる。人の気配には気を付けていたつもりだったのだが・・・・・・・
(あ・・・・・・・・・あのときの・・・・・・・)
そこにいるのは長身で黒髪の殿方。彼は自分のことを覚えているのだろうか。
双方共しばらく黙ったままだった。袴を纏い、手には刀を持っている
今のこの姿を見られたのでは言い逃れはできない、とシルフィスは思った。
シルフィスは彼の前に立ち、
「あの・・・・・・・・・・・よろしければ、お手合わせ願えますでしょうか?」
その殿方は青い瞳でまっすぐにシルフィスを見据えて問うた。
「なぜだ」
女人が刀をふるう事自体が尋常ではないのだから、彼がそういうのも仕方ないな、とシルフィスは思った。
「守りたい方がいるのです。だから・・・・・・・」
彼はしばらくシルフィスを見ていたが、
「いいだろう。」
そういうと彼は自分の短刀を抜き、シルフィスに渡した。
「そちらを」
シルフィスは言われるまま自分の刀を渡す。
「私に真剣を持たせるということは、私程度ではあなたに一太刀も浴びせられないということですか?」
シルフィスは久しぶりの緊迫感に興奮していた。
「すぐにわかる」
そういうと彼は片手で刀を構え、シルフィスに向き合った。
 
 

彼が強いことはわかっていた。あのとき逃げられなかったこと、そして対峙している今ならわかる。片手での構えは彼が両手を必要としない証拠、もっと大きな刀を普段扱っている証拠だ。そして上段に構えているにも拘わらず全く隙がない。
ぴんと張り詰めた空気が場を支配する。わずかに移動する衣擦れの音以外は何も聞こえず、真剣勝負そのものの静寂に包まれていた。
シルフィスは冷や汗をかいていた。もうかなりの時間こうして対峙しているにもかかわらず一歩も踏み込めない。一方彼の方は冷静な蒼い瞳でまっすぐに自分を見ている。こちらも負けじと相手の方を見る。でないとこの場の空気に飲み込まれそうになる。
いつまでもこのままでは稽古にならないので、シルフィスは打って出ることにした。
カン、カン、キンキン、カーーン!
腹、脇、足、腕、を狙ったつもりなのだが相手にはかすりもしない。それどころか全て受け止められている。
だめだ、打ち込めるところがない・・・・・・・・そう思った瞬間シルフィスは地面に座り込んでしまった。
「・・・・・大丈夫か」
彼は構えを解き、シルフィスの方へゆっくり歩いてきた。
「ま、参りました・・・・・・・本当ですね、私ではあなたには到底かなわない・・・」
シルフィスは息をつきながら彼に向かって微笑んだ。
完全な敗北だったがそれでもシルフィスは嬉しかった。久々の立会い、ぴりっとした緊迫感、勝負の空気、そして彼のような腕の立つ武人が未熟な自分の相手をしてくれたことが嬉しかった。
彼はしばらくシルフィスを見ていたが、
「立てるか?」
と手を差し出してそう言った。
「はい・・・・・ありがとうございます」
シルフィスは彼の手に自分の手を重ね立ち上がった。
そして交換した刀を元の持ち主に返す。
「筋はなかなかいいようだ。鍛えればもっと強くなるだろう」
シルフィスは顔をほころばせた。
「本当ですか?・・・・・・あの、厚かましいお願いなのですがまた私に剣を教えてくださいませんか?内裏では相手をしてくれる方もいなくて・・・」
彼は少し驚いたようだった。だが少しだけ微笑んで、
「・・・・・・・私の次の宿直は10日後だ。ではな」
そういうとそのまま去っていった。
ほんの少し、心の鈴がチリンと鳴ったことにシルフィス自身はまだ気が付いてはいなかった。
 
 
 


 
感謝の言葉

やはりこの世界でも、レオニスはシルフィスの剣の指南役ですね(笑)。やっぱり最強の座はどの時代編でも譲らないようです。かっこいいですね〜。
シルフィスはある意味メイと同じく型破りの姫君ですが、今度はシルフィスのおしとやかな面も見てみたい気が……。勇ましい姿も大好きなのですがね(笑)。
この際、東宮セイリオスと宮仕えレオニスがシルフィスを争うというのはどうかな〜、などと一人妄想しておりました。立場上絶対にセイリオスが勝つのですが、早めに先手を打っておいたもの勝ちだしねー(おいおい)。
言葉少ななレオニスが素敵です。あいまみえる時の情景が目に浮かびます。ありがとうございました。
 


 
 

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