my little lover





「う、わあああああああ――――!!」
 城に響く、絹を引き裂くような少年の悲鳴。
 その声の主が声の主だけに、誉れ高き六騎士(クリス除く)は一番最初に部屋の前に駆けつけた。
「ルイス! 何事だ!!」
「クリス様はご無事か!?」
「う、わああああ――ん!!」
 いつもなら年齢以上に落ち着いた対応ができるはずの見習い騎士は、半泣きでボルスにとびついた。
「お、おい、どうした!?」
「ギギギ、ギョームさんが! ギョームさんがあ!!」
「落ち着きないさい、ルイス」
 サロメが、少年の肩に手をやる。
 その横で、こっそり逃げ出そうとしているギョームの首根っこを、レオが掴んだ。
 そのひょうしに、ギョームの胸から小さな霧吹き型の香水のようなものが落ちる。
 コロコロと転がったそれを、パーシヴァルが取り上げた。
「……なんだ? これは……。……『my little lover』?」
 香水の瓶に張られた紙を読み上げる。
 ルイスは、バッと顔を上げた。
「それ! それです!! それを僕にッ!!」
「なんです、それは……」
 ロランがパーシヴァルの手元を覗き込む。
 騒ぎに、アップルとリリィがやって来た。
 パーシヴァルが、香水の瓶をひっくり返した。そこにも紙が張ってある。
「なになに……。『吹き付けた恋人は、たちどころに小さな可愛い恋人にかわります……』」
「…………」
 沈黙が降りる。
 アップルが、首を傾げた。
「惚れ薬のような、ものかしら……?」
「…………」
 その場にいるものの冷たい目が、ギョームに集まる。
 ギョームは首を激しく振った。
「ほほ惚れ薬なんかじゃ、あーりませんよ! ただ、ちょーっと子どもに戻るだけです、はい!」
 どこぞの黒魔術のように怪しい話である。
 ギョームがいい訳しても、彼らの目は暖かくはならない。
「それで、ルイスをもっと子どもにするつもりだったってわけ」
 変態。
 きっぱり言って、リリィはギョームを睨む。
 ボルスは、泣いているルイスを見下ろした。
「しかし、お前もお前だ、ルイス! 見習いとはいえゼクセン騎士団の一員のお前が、そのくらいで取り乱してどうする!! 未遂だったのだろうが!!」
「――だから! 僕じゃなくて!!」
 ルイスは、泣きながら訴えた。
「クリス様が!!!!」
「何いいいいいい!!!!!!!!!」
 ボルスはレオに掴まれたギョームの胸倉を掴み上げた。
「貴様!!!!!」
「だだだだって、飛び出して来たのはクリス様なんですよう〜〜!!」
 いきなりルイスに吹きかけようとしたものを、クリスが咄嗟に庇ったのである。
 ギョームを放り出すと、全員が部屋に踏み込む。
「クリス様!!!」
 驚いた顔でこちらを見る少女。
 銀の髪、紫がかった空色の瞳。硬質な宝石を思わせる美しい顔。
 しかし。
 だぶだぶの服に、小さな身体。
 少女は、凄い形相の彼らを見て。
 泣きそうな、怯えた顔で後ずさりした。
「……や…・・やだぁ―。……お母様、お母様、どこ!?」
 崩れるようにしゃがみこむと、すでに他界している母親の姿を求めて目を彷徨わせる。
「…………」
 我に返ったアップルは、言葉を失った彼らを部屋から追い出した。
「とにかく! ここは、私にまかせてください」
「私も!」
 珍しくリリィが真剣な顔で、部屋に滑り込む。
 閉じられた扉の前で茫然としていた騎士たちは、すり足でその場を去ろうとするギョームを捕まえた。
「……オイ」
「ひ、ひいいい〜〜〜」
 まさしく鬼の形相なボルスに、腰を抜かす。
 パーシヴァルはその瓶の紙を見てから、剣呑な目でギョームを睨んだ。
「この薬の効果は」
「は、はははい」
 ギョームはコクコクと頷く。
 彼の説明によれば。
 これをかけられた対象は、5〜6歳前後に戻るらしかった。
 紋章を壊せばグラスランドとゼクセンが消滅する。という話を聞いた時と同じ、嫌それ以上に信じられない話である。
 しかし現実に見せられては目を背けるわけにはいかない。
 他でもない、クリスの身に起こったことなのだから。
「どれくらい効果が続くのですか」
 サロメの言葉は丁寧でも、その声音は決して優しくはない。
「数時間……」
「数時間、か……」
「……か1日か、2日か……」
「…………」
「一週間か、1ヶ月か…・…」
「―――貴様!!!!」
 叫びは、5重で。
 ギョームは震え上がった。
「だだだって、人によって差があるんですよう〜!! でも、ほら、クリス様は成人ですから、すぐに直る……かも……」
「…………」
「い、命ばかりはお助け〜〜〜〜」
 ギョームがふるふると頭を覆っていると。
 がちゃり、とクリスの部屋の扉が開いた。
 ボルスはギョームの身体を廊下の奥へ投げつけると、部屋から現れたアップルを迎える。
「ど、どうなんですか!」
「……ダメ」
 アップルは困ったように首を振る。
 サロメが問う。
「ダメとは?」
「私たちのことも今の状況も全く記憶にないの。ねえ、サロメさん。クリスさんのお母さんにこちらに来てもらうわけにはいかないかしら? ちょうど小さな子どもの頃に戻っているから、母親がいれば落ち着くと思うのだけど」
「いえ……。クリス様のお母上はすでに……」
「そう……。困ったわ……」
「うう〜。私にまで、怯えるなんて〜〜!」
 ショックなのか怒っているのか微妙な表情でリリィも出てくる。
 パーシヴァルが声をかけた。
「一人にしても大丈夫なのですか。……その、今のクリス様は子どもなのでしょう?」
「それがね……」
 アップルが、はあ、と息をつく。
「今の彼女にしてみれば、いる場所も人間も知らないでしょう。家から突然連れてこられたように感じてるみたいだし。……ひどく不安定になっていて。かと言って、知らない人間がいても怯えるばかりだし……」
 とにかく、どうすればいいのか。
 考え込んでも、名案は出てこない。
 結局は、しばらくそっとしておくしかない、ということになった。
 もしかすると、すぐに効果が切れるかもしれない、ということに願いをかけて。
 まさか子ども状態のクリスを誰も見ないというわけにはいかないので、アップルたち女性陣が交代でクリスの様子を定期的に伺うことになった。
 小さなクリスには、男より女の方がまだましなのではないかということで。
 しかし。
 まる1日たっても、クリスが元に戻る様子はなかった。





「どうすればいいんだ……!」
 階段の下で、騎士たちは硬く閉められたクリスの部屋の扉を見上げる。
 パーシヴァルはそのボルスの声に、短く答えた。
「俺に聞くな」
「誰も、お前に聞いてるわけじゃないだろ!」
 神経が参っているのは全員のようで、らしくなくピリピリとした空気が支配する。
 その時、バン! とクリスの部屋の扉が開いた。
「待って、クリスちゃん!」
 クリスが、部屋から飛び出して来た。
 今の時間のクリス担当のアップルとりリィが、彼女を追う。
 クリスは階段を駆け下りて来ると、ボルスたちに気づいた。
 騎士たちはどうしていいか分からずに、息を呑む。
 クリスは、彼らをじっと見つめて。
「クリス!」
 追って来たリリィたちを振り返ると。



●ボルスの背に隠れた。(NEXT)

●パーシヴァルの腕に飛び込んだ。(NEXT)

●サロメの足にしがみついた。(NEXT)