おとぎばなし

  

 昔々のお話。

 

 冬をつかさどる女王の娘が、人間の村に遊びに行きました。普通なら人間には、彼女の姿は見えません。ところ

が彼女は人間の姿を取ることが出来ました。そうすると、人間にも彼女の姿が見えるようになるのです。人間のフリ

をした彼女に、村の男の子が気付きます。

 男の子は、独りぼっちでした。男の子の両親は彼が幼いころに亡くなっていたのです。育ててくれたのは彼のおじ

いさんでした。ですがおじいさんは変わり者と村で有名でした。変わり者のおじいさんのせいで、男の子には友達が

いなかったのです。

 知り合い、仲良くなった女王の娘と男の子。二人は日が暮れるまで夢中で遊んでいました。

 夕方になると、男の子のおじいさんが、男の子を探しに来ました。もう夕食の時間です。男の子はまた明日会おう

と約束して、家に帰っていきました。

 娘も女王のもとに帰ります。しかし。帰ると女王が病にかかっていたのです。娘は看病をしなければならなくなりま

した。娘の他に、女王の肉親はいません。

 娘は男の子との約束を守れなくなってしまいました。悲しく思いながら娘は看病しました。ですがその甲斐もなく、

やがて女王は死んでしまいました。その日から、娘が女王になりました。女王となってしまったので、気軽に遊びに

いけません。冬が近付いているので、女王の娘は仕事をしなければなりません。山に雪を降らせたり、動物たちを

冬眠につかせる大事な仕事です。

 一日の思い出を胸に、娘は必死に慣れぬ仕事をこなしました。一緒に遊んだ男の子に一目会いたい。そんな簡

単な願いすら、叶わなくなってしまったのです。娘は部下に支えられつつも、塞いだ日々を過ごしました。

 やがて月日が流れ、男の子は成長し、立派な青年になりました。一日だけ遊んだ娘との思い出は、忘れられない

大事な記憶として彼の中にずっと残っていました。

 しかし彼には婚約者がいました。彼のおじいさんが村の外から連れてきたのです。それはそれは可愛い女の子

でした。おじいさんが一目で気に入るほどに。

 さて、この村には年に一度、昔から冬の女王に捧げ物をする習慣がありました。

 男女二人一組が捧げ物を山の洞穴まで持って行くのです。今年は彼とその婚約者が選ばれました。

 実はこの婚約者、魔を見抜く不思議な力を持っていました。この村にわざわざ来たのも、山に魔物が住んでいる

という噂を聞いたからなのです。ところが婚約者と決められた青年に、一目惚れしてしまい、魔物の存在などすっか

り忘れていました。娘は捧げ物をすると聞いた時に、ようやく自分が何をしに来たのかを思い出しました。娘は青年

にも隠し、魔を切るという剣を持ち山に向かいました。

 女王は二人が洞穴に入った時、洞窟の中で待っていました。女王の部下が、青年がここに来る、と教えてくれた

からです。ですが、一緒に来る娘が青年の婚約者だとは知りませんでした。部下は女王ががっかりする姿を見たく

なかったのです。女王はそうとも知らず、青年が来るのを待ちわびていました。青年には女王の姿が見えません。

それでも女王は一目、青年を見たかったのです。言葉を交せなくても、ただ見るだけでいいと。

 一方、婚約者同士の二人は仲良く洞穴に入ります。その時、娘は魔の気配を感じ取りました。言うまでもなく、魔

物ではなく女王です。

 娘にはそこまでわかる力を持っていませんでした。強大な力があるとしか感じられなかったのです。魔との見分け

がつかず、とんだ思い違いをしてしまったのです。

 勘違いした娘が女王に斬りかかります。そこに女王の部下が飛び込んできました。部下は女王の危険に、娘に

氷の剣を刺し、氷漬けにしてしまいます。

 女王は部下の行動を怒れませんでした。自分の身を護ってくれた部下に、普通なら感謝するべきですから。しか

し女王は突然の出来事に動転し、青年の前に姿を見せてしまいます。

 驚く青年でしたが我に返り、女王に娘をもとに戻すように頼みます。大事な婚約者で、喪う訳にいかないと。

 青年は気付いていなかったのです。女王が、昔遊んだ少女だと。幼いころの女王を知ってはいましたが、女王の

現在の姿は知らなかったので。女王は気付いてくれない悲しさと、青年の取り乱した姿に哀しみます。青年は自分

を忘れ、別の人間と結婚してしまうのだと。

 女王は頼みを受け入れますが、一つの条件を出しました。氷漬けになった人間をもとに戻すには、別の人間を犠

牲にする必要があったのです。青年は村の人間を思い浮かべました。しかし、村の人間は、青年のおじいさん以外

この結婚に反対だったのです。よその町から来た人間と結婚するなんて、と。

 青年は村の人間に頼んでも、誰も身代わりになってくれないと思いました。そして自分が身代わりになると申し出

ます。女王には信じられませんでした。そこまでこの娘を好きなのか、と。

 すぐさま氷の剣を作り出し、彼の胸を突き刺します。嫉妬で怒りのあまり彼を氷漬けにしてしまったのです。

 娘の方は、彼が氷漬けになった途端、氷があっと言う間に溶けて消えてしまいました。女王は娘の鼓動を確かめ

た後、部下に頼み、村に戻しに行かせました。

 女王は時間がたって平常心が戻ってくると、後悔しました。氷漬けになってしまった青年は、永遠に女王のもので

すが、永遠に喋らず、動きません。笑ってもくれません。悲しみに暮れていると、娘が戻ってきました。非礼を詫び、

青年をもとに戻してくれと頼みに来たのです。

 女王は困りました。もとに戻してあげたい。でも誰かが犠牲にならなければならない。再び娘を氷漬けにすれば、

青年は哀しむでしょう。女王は青年が哀しむ顔を、二度と見たくありませんでした。

 考えこんでいると、しばらくして名案を思いつきました。

 自分が氷漬けになれば、だれも哀しみません。女王は部下に頼み、青年と娘を村に届けました。その間に、自分

自身に剣を刺し、自らを氷漬けにしてしまったのです。

 いつの間にか村に戻っていた青年は、自分が生きている事実に驚きました。説明を娘に求めましたが、娘は首を

横に振るばかりで答えません。生きて戻れた、と言葉も出ないほど喜んでいたのです。

 さて命令を果たし、女王の部下が洞穴に戻ってきました。けれど、そこにあったのは女王が剣に貫かれ、氷漬け

になった姿でした。女王は部下が洞穴に帰って来る途中に自分を刺したので、部下は女王が氷漬けになった事実

を知らなかったのです。

 部下は復讐を誓いました。仮にも女王自らの手で、女王自身が氷漬けになってしまったのです。部下程度の力で

は、女王をもとに戻せません。部下は、女王が氷漬けになったのは人間の彼ら二人のせいだと思いました。いつか

必ず女王が氷漬けにされた恨みを果たしてやる、と心に誓ったのです。

 そして邪魔な人間が二度と入って来れないように、と洞穴をふさいでしまいました。村人は女王がお怒りになった

と怖れました。女王への捧げ物をする場所が塞がれてしまった、災いの前兆だ、と考えたのです。そしてその原因

は、青年の婚約者のせいであると非難したのです。青年とおじいさんと婚約者は、村から追い出されました。

 そして塞がってしまった洞穴を開け、祭壇を作り直しました。これで災いを逃れられる、とやっと村人たちは安心し

ました。

 実際、それから長い間、村には何も起きず、村人たちは幸せに暮らせました。村を追い出された三人も、何事も

なく、幸せな生涯を過ごしたと言います。

 

 昔々のお話です。今ではその村でも、知っている者の数少ない御伽噺です…………。



――御伽噺 貳 に続く。

稿了 平成十一年二月十一日木曜日

改稿 平成十二年二月二十九日火曜日


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