翌朝。朝食の後、さっそく村を出ようと荷物を持ち、外に出た。だが数歩も歩かぬ内に足が止まる。思わず口笛を吹きそうになった。
美形の男が立っていたのだ。この村にいるのが場違いなくらいの。何やら村の人間――やたら年配の者が多い――に囲まれている。何者だろう。雰囲気からして、村の人間ではない。
「山に住んでおる若者じゃよ。三日に一度くらいの割合で、村に山の食べ物を持って来てくれとる」
なんだ、と振り返れば、宿の主人が立っていた。よそ者はこの村にいい影響を与えない、と言っておきながら、ずいぶんと親切に解説してくれたものだ。
主人はぼそぼそと喋った後、若者に近付き話の輪に加わった。
主人の言葉も頷ける。なるほど、山に住んでいると言うだけあって、体つきはがっしりしている。背も高ければ髪も長い。……山に住んでいる為か、髪を切る必要もないのだろう。
村に入ったときに感じた、違和感ともつかないおかしな感覚をまた感じる。どこかで見たような顔。……こんな田舎の村の、しかも山に住んでいる人間に、見覚えがある訳もないのに。
じっと見ていると、視線に気付いたのか。男が顔を上げてこちらを見た。
「……………………ッ?」
睨まれた? 何故。
初対面の筈だ。睨まれる行動を取った覚えもなければ、何を言った訳でもない。ただじっと見ていただけだ。睨まれる謂れなどない。
彼はふい、とあっさり視線をこちらから外した。そして何事も無かったかのように、囲んでいる人間に対して笑みを浮かべている。
しかし気付いてしまった。
目が、ちっとも笑っていない。確かに口の辺りは笑みの形に歪んでいる。だが目は全く笑っていない。まるで、氷の笑みを浮かべているような――。
…………こおり?
『……冬の女王のすれ違いの話……氷漬けにならずに……』
昨日の主人の話が蘇る。……まさか。ただのこじつけだ。昔話を本気にする気か、俺は。馬鹿らしい。首を横に振り、足を踏み出す。この村に用はない。早く出て行くべきだ。
何かに背を押されるかのように歩きはじめた。
ここにいたくない。いてはいけない。
妙な焦燥感がある。首を傾げつつも本能の警告に従って足を早める。頭の中は焦燥感で占められていて、他を考える余裕などなかった。だから気付かなかった。
追いかけてくる男の冷たい視線に。見た者を凍りつかせる刃のような眼差しに。
殺気とすら言える雰囲気を纏う男に。
俺は気付かず、通りすぎていった――――。
――御伽噺 肆 に続く。
稿了 平成十一年二月十一日木曜日
改稿 平成十二年二月二十九日火曜日