昼過ぎだと言うのに吐く息が白い。
「そろそろ冬か。寒くなるのも当たり前だな」
幸運だった。日が暮れる前にこの村に着けたのだ。夜遅くなってから宿を探しても、閉っていたかもしれない。
宿を探そうと辺りを見回した。
……どこかで、見たような……?
ふと浮かんだ思考に、まさかと否定する。似たような景色を見ただけだ。こんな北の地方に来た覚えはない。
一軒しかない宿を見つけ、やれやれと一階の食堂でくつろぐ。長い間旅をしてきたが、こんな片田舎は初めてだ。
過去に村に滞在したのは数えるほどしかないが、どの村も、最低三軒は宿があった。それなのに、この村は規模が小さすぎて、宿があるのも奇跡だ。周囲が山に囲まれているのも原因の一つだろう。外の世界から隔離されているのだ。この村は。
「……もの珍しそうじゃな」
「はあ」
話しかけてきたのは、この宿の主人……だろうか。にしては、少し……年齢が、高そうだが。
「ここに旅人が来るのも久しぶりじゃ。昔から言い伝えがあってのう。よそ者はこの村にいい影響を与えんとな。古い昔話じゃよ。もうこの村でも知っているのはワシくらいなものじゃ」
遠い目で語り始める。……こういう人間はどうも苦手だ。どういう対応を取っていいのかわからない。とりあえず適当に相槌を打っておく。気が済んだら話すのもやめてくれるだろう。
「冬の女王と村の青年のすれ違いの話じゃ。……もしあの時、青年が気付いておればのう……。結末も変わっていたのかもしれんのに。女王も氷漬けにならずに済んだかもしれんのにのう……。もし未だ女王の部下が生きているなら、この村も先は長くないのう」
ずいぶん不吉な話をする。それに言い伝えだろうに、老人の口ぶりからすると、昔、本当にあった出来事のように聞こえる。
突っ込んで尋ねるのは控えた。これで長い昔話をされたらたまらない。気にはなるが、どうせ自分には無関係だ。
それが昔話なら尚更に。
老人は意外にもそれ以上話さず、ふらりと外に出て行ってしまった。拍子抜けしつつ、自分も腰を上げる。部屋に戻って休むのだ。さすがに部屋に戻れば、誰も話しかけてこないだろう。
どうもこの村は居心地が悪い。明日にでも別の町に移動しよう。溜息をついて、部屋に入った。ぎしぎし鳴る床が気になるが、いきなり抜けたりはしないだろう。かたいベッドに腰掛けて窓の外を眺めた。
――御伽噺 參 に続く。
稿了 平成十一年二月十一日木曜日
改稿 平成十二年二月二十九日火曜日