御伽噺 漆

 

 

 ひゅうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………。

 隙間風か? やけに寒い……。

「――――――――ッ!?

 ベッドから飛び起きて、枕もとに置いてあった剣を手に取る。鞘から抜き放った。

 ひとの、気配? 闇に慣れつつある目が、ぼんやりと人影を映し出した。間違ってもアメリアなどではない。長身でがっしりした体格の……男か。明確な敵意を感じる。

 ――――いや、違うな。刺すような視線と射るような空気の流れ。これは敵意などではない。

 殺意だ。

「女王をよくも…………」

 影が口を開いた。しかし聞き覚えのない声だ。内容にも全く覚えが……女王? まさかとは思うが……。

「誰だ」

「――――……」

 男は誰何(すいか)の声に口をつぐんだ。

 剣を掴んだ手がじっとりと汗ばむ。部屋は寒いのに。隙間風かとも思ったが、違う。男から冷気が吹きつけてくるのだ。まるで雪女だ。

「……オレを忘れたか、人間の男よ」

 明りのない暗い部屋の中で――光る、金色。髪の毛……? 金の、髪。記憶から金髪の人間を探り出す。

『女王をよくも…………』

 女王、金髪。この二つのキーワードから思い出すのは、今朝出たばかりの村。朝、見た金髪で長髪、長身、がっしりした体格の、俺を睨んだ男。

 どうやって家に入ったのか、問おうとしてやめる。直感だが、こいつは人間ではない気がする。普段の自分なら、笑い飛ばす思考も、この時ばかりは真剣にそう思った。

「女王の仇、ここで果たしてやる!」

 ぶわ、と冷気が吹きつけて、身動きが取れなくなった。このままだと凍死する。冗談でもなんでもなく。何とかしなければ…………!

《……やめて―――― * * * * ……》

 どこからか人の声のようなものが聞こえてきた。最後の言葉が聞き取れず、内心首を傾げる。声が聞こえてきた途端、ぴた、と冷気が止まった。訝しく思う前に意識が暗転する。

 暗い、世界。果てしなく暗い、闇の――。

 

 

――御伽噺 捌 に続く。

稿了 平成十一年二月十一日木曜日

改稿 平成十二年二月二十九日火曜日


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