その呪 口から放たれる時 何百という国を滅し。
その剣 閃く時 何千という人間を殺す。
女も 子供も 老人も 笑いながら殺し続ける 残虐非道な魔性の女。
群狼の白い魔女──
『リディス様。只今戻りました』
質素な部屋に、虚空を割って来た<剣>はそう言った。
だが、そこには自分以外の姿はなかった。
『……?』
そのまま<剣>は、リディスを探して部屋をうろつく。
まさか。
いなくなった? 自分に何も言わず?
魔族にはない感情が、<剣>を支配する。
置いていかれた恐怖。捨てられたことへの絶望。魔族が好むはずの、負の感情。
あの方がいなくては、あの方に仕えていなければ、自分の価値がなくなってしまう。
その時。
がちゃ。
後ろで、扉の開く音。慌てて振り向く。
「ん? 帰っていたのか、レイン」
そこには、求めていた自分の主がいた。
裸で。
『……………』
「フン。セイルーンの偵察から帰って来たんだろう? 様子はどうだった?」
<剣>──レインは答えない。否、答えられない。
「そう言えば……着替えを忘れたんだが、どこにあるか知らな…」
『ベっベットに! 置いて、あります!』
くるりとまた180°回転する。どうやら背を(?)向けたらしい。
「おい、どうした?」
『なっなんでもありませんから! 早くお着替えください!』
頭に疑問符を浮かべながら、言われた通りにする。
しばらくして、最初に口を開いたのはレインだった。
『……て、偵察の報告ですが、今のところセイルーンに大きな動きはあまりなし。
明日ぐらいに、また張ってみます。…………もうよろしいでしょうか』
ああ、と短い返事に、レインはゆっくりと振り向いた。
タオルで拭くたびに、しゃらしゃらと鈴にも似た音を出す、リディスの髪。
本人にとっては不快音らしいが、レインはそうは思わない。
むしろ、優しい響きがあると──そう感じていた。
「まさかとは思うがお前……」
『はっ、はいっ』
いきなり声をかけられ、裏返った声を出すレイン。
「私の裸でも見て興奮したのか?」
………こういう恥ずかしいセリフをさらりと、しかも無表情で言わないでほしい。
『でっ、いえっ、そん、な…あっあり…っ……』
モロに焦って、意味不明言葉を発するレインを見て、リディスは苦笑する。
「フン。ホント……人間らしいな、お前は」
『かっ……からかわないで下さい!』
レインは図星をさされ、思わず叫び返す。
この少女に、欠けているもの。
それは……感情だけではなく、こういう女らしさもそうだろう。
ひそかに従者はそう思う。
もっとも。
そんなものを養う余裕がなかったのも事実だが。
『とにかく、今日はもうお休みください。
精神世界(アストラルサイド)を2回以上も渡っているのですから、体力を大きく消費なさっているでしょう?』
「まあ……。確かに疲れてはいるが……」
頬をこりこりとかく。それを見て、今度はレインがくすりと言った……いや、笑った。
「……なんだ?」
『あ…いえ……』
恥ずかしそうに呟き、ベットに横になったリディスの脇まで移動する。
『リディス様が幼少の頃……。うまく精神世界を移動することができなくて、どうやったら自分のようにできるのか、と聞いて来た時のこ
とを……今思い出しまして……』
「ああ……」
瞳を閉じて、遠い記憶を探る。
4つの時、か。ゼロスがいきなり現れたり消えたりするのを見ているうちに……。
私もやってみたいと……思うようになって……レインに頼んで…。
「…結局のところ、ゼラスの力を得て、できるようになったんだっけな。フン」
クスクスと静かに笑うレインとリディス。
「お前には感謝しているぞレイン。こんな私に18年も付き合ってくれて……」
『いえ。自分は……』
口ごもる。
『自分は………あなた様の…従者ですから……』
安らかな寝息を立て始める、異形の少女。
そこには獣将軍としての面影はなく、普通の少女の寝顔があるばかり。
ふぉっ…。
淡い光が辺りに満ち、レインの姿が変わっていく。剣から、人間へと。
空色の髪の毛に、草色の瞳。端正な顔だちの青年。
「……オレは…命に代えてもあなたを守ります…」
そっと、起こさないように細心の注意を施しながら、リディスの頬に触れる。
「愛しております。リディス様……」
耳元で囁き、軽く唇にキスをする。
「…今一度の口づけを……お許しください…」
立ち上がり、背を向け。
ひゅんっ。
レインはその場から去って行った。
#8・了
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